理学療法士の給料は、なぜ上がりにくいのか──値段の決まり方から考える
2026/10/12 / 更新:2026/10/13
この記事で分かること
読了時間:約 6 分
- ✓ 需要があることと、給料が上がることは別。給料には「誰が値段を決めているか」が大きく関わる
- ✓ 保険の運動器リハ(I)は1単位185点。3単位で5,550円(加算を除く病院側の収入の例)。担当者の経験年数では変わらない
- ✓ 算定の対象にならない対応に時間をかけても、その分の収入は増えない
- ✓ リハビリの保険と自費の組み合わせが広がっても、その値段を決めるのは病院で、個人ではない
- ✓ 給料を上げる道は転職・役職・交渉もある。私は、収入の作り方そのものを自分で選ぶ方法として開業を選んだ
人が足りないと言われるのに、給料が上がりにくい。
理学療法士として働いていると、一度は感じることだと思います。私も、勤めていた頃にそう感じていました。
この記事は、新人の理学療法士に向けて書きました。給料が上がりにくいのは、あなたの努力だけの問題ではありません。診療報酬の仕組みや、勤め先の給与の決め方も関わっています。この記事では、そのうち「値段の決まり方」に絞って書きます。
高校生の私は「需要がある」で考えるのをやめていた
2004年、高校生の時に理学療法士になろうと決めました。介護保険が始まって数年、「これからは高齢化社会だ」と言われていた頃です。きっかけは陸上部の恩師の勧めでしたが、決め手は打算でした。高齢化でリハビリの需要は増える。手に職をつければ困らない。
この読みは半分当たりました。需要は本当にあり、仕事に困ったことは一度もありません。
もう半分は外れました。需要があることと、稼げることは、別の話でした。
私は保険のリハビリで15年働いた後、自宅で自費のリハビリサロンを開きました。その時に初めて、「値段を自分で決める」側から、保険の値段を見ることになりました。
保険のリハビリの値段は、担当者の腕で変わらない
保険のリハビリには、国が決めた値段があります。運動器リハビリテーション料(I)なら、1単位(20分)185点です。1点10円なので1,850円。60分にあたる3単位で5,550円になります。
この値段は、新人が担当しても20年目のベテランが担当しても、どれだけ考え抜いて評価しても同じです。施設の基準や加算で変わる部分はありますが、担当する人の腕や、患者さんの「もっと払ってもいいから診てほしい」という気持ちで、値段を上げることはできません。
私の院の60分は8,000円です。ただ、この2つは同じ条件の比較ではありません。5,550円は運動器リハ(I)を3単位取った時の、加算を除いた病院側の収入の例です。患者さんの窓口の負担でも、理学療法士の給料でもありません。8,000円は私のサロンの料金で、ここから家賃・道具・広告・税金を払い、予約が埋まらない日の分も自分で背負います。病院にも人件費や設備や空き枠の負担があります。どちらも経費を引く前の数字です。
それでも並べたのは、高い安いを比べるためではなく、値段を決めているのが誰かを見るためです。
手をかけても、その分は受け取れない
値段が決まっていると、何が起きるか。
リハビリは20分を1単位として数え、保険で受けられる日数にも目安があります。条件を満たせば単位を増やして報酬にできますが、もっと話を聞く、もっと生活の工夫を一緒に考えるといった、算定の対象にならない対応に時間をかけても、その分の収入は増えません。
診療報酬は、保険料と公費と患者さんの負担で支えられています。国は2026年度も賃上げのための上乗せを行っていますが、実際にどれだけ昇給するかは、勤め先の算定の状況や給与の決め方によって違います。
誤解のないように書くと、これは保険の値段が悪いという話ではありません。共通の診療報酬の仕組みと、患者さんの負担を軽くする制度があるから、必要なリハビリを多くの人が受けられます。ただ、その仕組みの中には、「もっと払いたい」という気持ちを受け止める場所がほとんどありません。同じ診療の中で保険のお金と自分のお金を混ぜると保険が使えなくなる決まりがあるので、病院は上乗せを受け取れないからです。
保険と自費の組み合わせが広がっても、値段を決めるのは病院
医療では、一連の診療の中で保険と自費を混ぜる「混合診療」が原則として禁止されています。例外として国が認めた「保険外併用療養」があります。リハビリでは、標準的算定日数を超えて月13単位まで保険で算定できる患者さんについて、その13単位を超える分を条件付きで自費(選定療養)にできる仕組みがあります。料金は基本の点数を目安に、妥当な範囲で医療機関が決めます。使える場面は限られています。
では仮に、保険と自費のリハビリをもっと自由に組み合わせられるようになったらどうなるか。
患者さんは「保険の20分に、自費で20分を足す」といった選び方ができます。病院は、これまで受け止められなかった「もっとリハビリを受けたい」という気持ちを、収益にできます。理学療法士にとっても追い風に見えます。
でも、その自費の値段を決めるのは病院です。自費の売上が増えても、給料に回るかは病院次第です。担当する時間が増えて、給料は変わらない。十分にあり得ます。
給料を上げる道と、値段を決める側に立つ道
給料を上げる道は、いくつもあります。転職する。役職に就く。待遇を交渉する。どれも大事な道です。
私が選んだのは、収入の作り方そのものを自分で決める道でした。それが自費のリハビリサロンです。開業したのは、値段を自分で決める側に立ちたかったからだと、今は言葉にできます。開業後の実際の数字は、別の記事に書いています。
自宅サロン5年目の実数──月の来院59回・客単価7,700円・利益率84%の中身
全員が独立する必要はありません。保険外のサービスで働く。専門性を副業で出してみる。足の置き方はいろいろあります。大事なのは、自分がいま「誰が値段を決めている場所」で働いているかを知っておくことです。
値段を決める側に回れば稼げる、という話でもありません。自費の整体は値段を自分で決められますが、同じことを考えた人が集まる業界でもあります。私の新規は月3人、2回目に来る人は34%です。お金が流れている場所は、ライバルも流れてくる場所です。
逆に、保険の中にいても、収入を増やしている人はいます。役職に就いた人、講師や執筆で外に収入を作った人、保険外のサービスを院の中で立ち上げた人。業界が決めるのは天井の高さであって、その人の収入ではありません。
そして、値段を自分で決められても、それだけでは稼げません。決めた値段に納得して払ってくれる人がいなければ、売上になりません。そのためには「何をして、なぜこの値段なのか」を自分の言葉で説明できなければいけません。値段の決め方は、こちらに書きました。
自費の価格、どう決めた?──「稼働率40%で黒字」になる値段の作り方
海外では、同じ理学療法士でも値段の決まり方が違う
海外には、理学療法士が開業でき、給料も高い国があります。その差を考える時は、能力だけでなく、受診の仕組み(患者さんが医師を通さずに来られるか)や職域、物価なども見る必要があります。そのうち、受診の仕組みと職域の違いを、年表と3か国の比較でこちらにまとめました。
海外の理学療法士は、なぜ開業できるのか──年表と3か国の比較で分かった「分かれ目」
「なぜ」をもう一つ重ねる
高校生の私は「需要がある」で考えるのをやめていました。病院で働いていた頃も、値段は最初から決まっているものだと思っていました。疑う機会がありませんでした。
臨床では、痛みを「年のせい」で終わらせず、同じ年齢でも痛くない人がいるのはなぜかと問います。
給料も同じです。「そういう業界だから」で終わらせず、なぜそうなっているのかを問う。それが、自分の足の置き場所を考える手がかりになります。
このテーマは、医療・介護・保育で働く人と、子どもから「この仕事に就きたい」と相談された親に向けて、noteにも書いています。
よくある質問
Q. 給料を上げるには、開業するしかないのですか?
A. いいえ。転職、役職、待遇の交渉も大事な道です。勤めている間は、給料の上がり方が勤め先の決まりの中で決まる、ということを知っておけば十分です。私は、収入の作り方そのものを自分で選びたくて開業しましたが、全員が独立する必要はありません。保険外のサービスで働く、専門性を副業で出してみるなど、足の置き方はいろいろあります。
Q. 自費なら、保険より高く稼げるのですか?
A. 値段を自分で決められるだけで、稼げるとは限りません。私の院の60分は8,000円ですが、ここから家賃・道具・広告・税金を自分で払い、予約が埋まらない日の分も自分で背負います。決めた値段に納得して払ってくれる人がいなければ、売上になりません。値段の理由を自分の言葉で説明できることが、最初の条件です。
Q. 新人のうちに、何をしておけばいいですか?
A. まず、勤め先の給与表、昇給や昇格の条件、手当を確かめてください。自分の給料がどう決まるかを知ることが出発点です。そのうえで、保険の枠の中でも外でも通用する、説明できる臨床を積むこと。どこで働くとしても、自分が何をして相手がどう良くなったかを説明する力は、評価にも値段にもつながります。