海外の理学療法士は、なぜ開業できるのか──年表と3か国の比較で分かった「分かれ目」
2026/8/7 / 更新:2026/9/19
この記事で分かること
読了時間:約 12 分
- ✓ 結論①:オーストラリアの理学療法士は、医師の紹介なしに患者を診て、開業もできる。2017年に見学したクリニックは、日本の整形外科と同じで医師がいないだけだった(見学記は別記事)
- ✓ 結論②:「海外は教育が長いから開業できる」は通説にすぎない。米1957年・豪1976年・英1977年——いずれも学士以前の教育水準の時代に実現している
- ✓ 結論③:分かれ目は「医師の指示」が書かれた場所。豪州は協会の倫理綱領の1行、英国は政府通知、日本は法律の定義そのもの——だから日本だけ、変えるには国会が要る
先に結論を3行で(本文は約10分)
- 「海外は教育が長いから開業できる」は通説です。米1957年・豪1976年・英1977年、いずれも学士以前の教育水準の時代に実現しています。
- 分かれ目は「医師の指示」が書かれた場所です。豪州は協会の倫理綱領、英国は政府通知、日本は法律の定義そのもの。だから日本だけ法改正が要ります。
- 差は入口だけではありません。英国は処方権、豪州は画像検査の依頼権まで持ち、給料の差はその結果として表に出ています。
2017年3月、私はアデレードで理学療法士のクリニックを見学しました。受付があり、待合があり、診察室で膝のリハビリをしている。日本の整形外科クリニックと何も変わらず、医師がいないだけでした。その見学の記録は、写真とあわせて別の記事に残しています。 アデレードで見た、医師がいないだけの風景──オーストラリアの理学療法クリニック見学記
この記事は、その続きです。帰国してから、ひとつの通説を確かめました。「海外の理学療法士は教育が長いから開業できる」という説明です。先に結論を書くと、この説明は年表で崩れます。
「教育が長いから」──私も、そう書いたことがあります
よくある説明は、教育です。アメリカの理学療法士は大学院レベル(現在は博士課程が標準)の教育を受けており、診断や鑑別の訓練を積んでいる。だから独立して患者を診る力があると認められている。日本は最短3年の専門学校で資格が取れるから、独立した医療提供者としての準備が不十分と見なされている。この筋書きです。
白状すると、私自身、昔このブログとは別の場所でこの説明をそのまま書いたことがあります。もっともらしく聞こえるからです。教育が浅いから任せてもらえない。深くすれば任せてもらえる。因果として、きれいにつながって見えます。
ただ、この連載で協会の急告や国の報告書を原文で確かめる作業を続けてきて、身についた癖があります。もっともらしい説明ほど、日付を並べて確かめる。今回もそれをやりました。
年表は、その説明を裏切る
ダイレクトアクセスが始まった年を、国ごとに並べます。
米国で最初に医師の紹介なしの受診を認めたのはネブラスカ州で、1957年です。日本に理学療法士及び作業療法士法ができる8年前。米国の理学療法教育が博士課程(DPT)標準へ移行していくのは2000年代以降です。その約半世紀前ということになります。博士どころか、修士ですらない時代です。
オーストラリアは1976年。同国の理学療法協会が、倫理綱領の第1条を廃止した年です。第1条にはこう書いてありました。登録された医師・歯科医師の紹介によらずに業務を行うことは非倫理的である。自分たちで作った規定を、自分たちで消したのです。これによりオーストラリアの理学療法士は医師を介さず患者を診る第一次接触の専門職になりました。当時の養成は学士課程です。
英国は1977年。保健省が、医師と理学療法士などの職種の関係を定め直す通知を出しました。翌1978年に職能団体の規則変更が承認され、医師の紹介なしの治療が可能になりました。英国の理学療法士養成は、現在も3年制の学士課程が標準です。
オランダは2006年。医師の紹介要件を外した初年度に、理学療法にかかった患者の28%が紹介なしで直接来院したという調査があります。養成は4年制の学士課程です。
そして米国は2015年に、程度の差はあれ全50州でダイレクトアクセスが成立しました。
並べると、はっきりします。ダイレクトアクセスを認めた時点で大学院教育を前提にしていた国は、ひとつもありません。「教育が長いから開業できる」のなら、1957年のネブラスカも、1976年のオーストラリアも、説明がつかないのです。
EU諸国の理学療法士団体を対象にした調査もあります。ダイレクトアクセス導入の障壁として挙げられたのは、教育水準ではありませんでした。医師会と政治家の見解です。
分かれ目は、どこに書かれていたか
では、何が分かれ目だったのか。年表をもう一度見ると、各国が「変えたもの」の正体に気づきます。
オーストラリアが1976年に変えたのは、法律ではありません。協会の倫理綱領です。「医師の紹介なしで診てはいけない」というルールが自分たちの綱領に書いてあったから、自分たちの総会で消すことができた。
ちなみに、この決定に最も強く反対したのは、医師ではありませんでした。世界の理学療法士たちです。多くの国の団体が「医師の下で働くモデル」を手放すことに不安を示し、2年後の世界理学療法連盟の総会で正式に討議されました。オーストラリア代表団は、否決されたら除名される覚悟で会場に向かったと記録されています。檻の扉を開けようとしたとき、いちばん強く押さえたのは、檻の中の仲間の手でした。この歴史は、いまの日本で開業を口にしたときの空気と、どこか重なって見えます。
英国が1977年に変えたのは、政府の通知と職能団体の規則です。国会での法改正を経ていません。行政と職能団体の判断で変えられる場所に、ルールが書いてあったのです。
米国は州法です。だから州ごとに、60年近くかけてひとつずつ変えていきました。1957年に始まり、全州に行き渡ったのが2015年。時間はかかりましたが、変えられる場所にありました。
日本はどうか。理学療法士及び作業療法士法の第2条に、こう書いてあります。
理学療法士とは、厚生労働大臣の免許を受けて、理学療法士の名称を用いて、医師の指示の下に、理学療法を行なうことを業とする者をいう。
「医師の指示の下に」が、職業の定義そのものに埋め込まれています。倫理綱領でも、行政通知でもなく、法律の、しかも定義条文です。ここを変えるには国会の法改正しかありません。
分かれ目は教育の長さではなく、
「医師の指示」がどこに書かれているかだった。
海外の理学療法士が特別に優秀だったから、開業権を勝ち取ったのではありません。日本の理学療法士が特別に未熟だから、与えられていないのでもありません。1965年に定義へ書き込まれた8文字の置き場所が、60年後の今も、他国との分かれ目であり続けている。私にはそう見えます。
差は入口だけではない──処方箋を書く理学療法士
「開業できるか」は、実は入口の違いにすぎません。開業した先で「何ができるか」も、国によってここまで違います。
英国では、1997年から関節へのステロイド注射・局所麻酔注射が理学療法士の業務範囲に入りました。そして2013年。大学院レベルの処方課程を修了し、登録簿に付記された理学療法士は「独立処方者」になりました。自らの判断で薬を処方できます。理学療法士への独立処方権の付与は、世界に先駆けた制度です。2015年からはさらに、モルヒネやジアゼパムを含む管理薬物の限定リストも処方可能になっています。「イギリスの理学療法士は痛み止めを処方できる」という話は本当で、しかも一部は医療用麻薬にまで及んでいるのです。
正確に書いておくと、これは英国の理学療法士全員ではありません。臨床経験を積んだうえで追加の処方資格を取った一部の理学療法士です。基礎免許に最初から全部を載せるのではなく、資格の上に資格を積んで職域を広げていく——この構造は覚えておく価値があります。
オーストラリアでは、理学療法士がX線・超音波・MRI・CTといった画像検査を検査機関へ直接依頼できます。公的保険(メディケア)の払い戻しが効くのは、頸椎から骨盤までのX線に限られます。それ以外は患者の自費です。それでも「検査を依頼する権限」そのものが、職業に備わっています。私が見学したクリニックで膝のリハビリをしていた男性も、必要があればあの場から画像検査に送られる仕組みの中にいたわけです。
日本の理学療法士は、処方はもちろん、画像検査の依頼も、注射もできません。これを「日本のPTは遅れている」と読むのは違うと思います。注目してほしいのは、英国が処方権を実現した方法です。職業の定義を書き換えたのではなく、薬の側の規則を改正して「処方できる職種」のリストに理学療法士を加えた。つまりここでも、変わった国は法律の書き場所が違ったのです。職業の定義に「医師の指示の下に」が埋め込まれている日本では、注射どころか、その手前の議論すら定義の壁に当たります。
入口(ダイレクトアクセス)と、その先の職域(処方・注射・画像)。二段構えで比べると、「開業権がない」という一言で語られてきた日本との差の、本当の大きさが見えてきます。
給料の差──いちばん生々しい数字
最後に、いちばん生々しい数字も置いておきます。
米国労働統計局(BLS)の統計では、2024年5月時点の米国の理学療法士の年収の中央値は101,020ドル。1ドル150円で換算すると約1,500万円です。訪問リハビリ分野に限れば中央値は11万ドルを超えます。一方、日本の理学療法士の平均年収は、国の賃金統計ベースで約444万円。単純に並べれば、3倍以上の開きがあります。
ただし、この数字をそのまま比べてはいけません。為替レートひとつで差は大きく振れますし、米国の物価・保険料・家賃は日本よりはるかに高い。米国の理学療法士は、大学院3年の博士課程(DPT)を出る必要があります。重い学費ローンを抱えて働き始めるのが普通で、それ自体が業界の問題になっています。そして、そもそも日本は職種を問わず賃金が伸びていない国です。この差の少なくない部分は、理学療法士の問題ではなく日本経済の問題です。
それでも、割り引いた上で残る構造の差があります。日本の理学療法士の給料は、診療報酬という公定価格の枠の中で決まります。1単位20分の値段が、全国一律に決まっている世界です。どれだけ腕を磨いても、どれだけ患者さんに感謝されても、その20分の単価は1円も変わりません。米国の理学療法士の収入の背景には、構造があります。ダイレクトアクセスで患者を直接受け、広い職域で、市場の価格で働ける。その構造です。
給料の差は、能力の差ではありません。この記事で見てきた「入口」と「職域」の差が、最後に金額になって表に出てきたものです。そして日本で保険の外に出て自費開業するという選択は、数少ない方法のひとつです。リスクごと引き受ける代わりに、公定価格の外で、自分の仕事の値段を自分で決められます。
教育が無関係だとは言いません
ここでフェアに書いておきます。教育がどうでもいい、という話ではありません。
医師を介さず最初に患者を診るなら、最低条件があります。重篤な疾患を見逃さずに医師へ送る判断です。この連載で何度も書いてきた、Red Flagの検出です。米国でダイレクトアクセスが全州へ広がる過程と、教育の高度化が並走したのは事実です。オーストラリアの養成課程は、第一次接触を前提に組まれています。教育は、制度を変えたあとの安全を支える条件です。
ただ、順序を間違えてはいけない。各国の年表が示すのは、教育が先に高度化して開業権が後から与えられた、のではないということです。制度が変えられる場所にあった国が先に変え、教育がそれを支えた。日本で「教育をもっと高度化すれば、いつか開業権が」という期待を聞くことがあります。その期待は、鍵のかかった扉の前で筋トレをするのに似ています。扉の鍵は教育ではなく、法律の定義条文にあるからです。
60年目の宿題
その定義条文をめぐって、実は今、動きがあります。
2026年5月のことです。理学療法士・作業療法士・言語聴覚士の3団体が、自民党のリハビリテーション議員連盟の小委員会に要望を出しました。理学療法士及び作業療法士法の抜本改正です。詳しくは開業権の歴史をたどった記事の追記に書きました。対象を「障害のある者」とする規定の見直し、予防・健康増進の明記などが柱です。
開業権の要望ではありません。それでも、1965年の定義条文そのものを見直す議論が、60年目に動き始めた。オーストラリアが倫理綱領の1行を消してから50年。日本はまだ、法律の1行と向き合っています。そういう位置に、私たちはいます。
持ち帰ったもの
海外の理学療法士が特別に優秀だったから開業権を勝ち取ったのではありません。日本の理学療法士が特別に未熟だから与えられていないのでもありません。1965年に定義へ書き込まれた8文字の置き場所が、60年後の今も、他国との分かれ目であり続けています。
いつか日本の通りにも、「physio」の看板が普通に出る日が来るのか。来るとしたら、それは教育年限の話ではありません。「医師の指示の下に」をどうするかという話です。議論の入口を、間違えないでほしいと思います。
正直な注記
私は法制史の専門家ではありません。この記事の年表は、公開されている一次資料と公式記録に基づいています。米国理学療法士協会(APTA)の記録(ネブラスカ州1957年・全50州2015年)。オーストラリア理学療法協会の沿革と理学療法史の資料(1976年の倫理綱領廃止)。英国の政府通知HC(77)33に関する資料。オランダのダイレクトアクセス導入研究(2006年)。「世界初」の帰属には注意が必要です。州法として最初に認めたのは、米ネブラスカ州(1957年)。職能団体として全国一斉に第一次接触を宣言したのは、オーストラリア(1976年)。数え方で答えが変わります。
各国のダイレクトアクセスには、実際には州や保険者ごとの条件や制限があります。「完全に自由」ではない場合が多いことも付記しておきます。英国の処方権と注射療法の記述は、英国理学療法士協会(CSP)と規制機関(HCPC)の公開資料に基づきます。オーストラリアの画像検査依頼の記述は、同国の公的保険(メディケア)の適用条件に関する公開情報に基づきます。いずれも資格要件と適用範囲の細部は変わり得ます。給料の数字の出どころです。米国は労働統計局(BLS)の2024年5月時点の中央値。日本は賃金構造基本統計調査(令和6年)に基づく値です。日本側の統計区分は理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・視能訓練士の合算です。中央値と平均値という集計方法の違いもあります。あくまで規模感の比較として読んでください。この分野に詳しい方の異論と補足を歓迎します。見学そのものの注記は、見学記の記事に書いています。
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よくある質問
Q. 教育を大学院レベルにすれば、日本にも開業権が来ますか?
A. 教育の高度化だけでは来ない、というのがこの記事の結論です。ダイレクトアクセスを先に実現した国々は、学士やそれ以前の教育水準の時代に制度を変えています。教育は、変えたあとの安全を支える条件であって、変えるための鍵ではありませんでした。日本の場合、鍵は理学療法士及び作業療法士法の定義そのもの、つまり国会にあります。
Q. ダイレクトアクセスと開業権は同じものですか?
A. 重なりますが、同じではありません。ダイレクトアクセスは「医師の紹介なしに患者が直接かかれるか」という入口の話、開業権は「理学療法士の名で施設を開けるか」という場所の話で、歴史的には別々に開閉してきました。たとえば1977年以前の英国や1976年以前のオーストラリアでは、理学療法士の開業クリニックは普通にありましたが、医師の紹介なしに診てはいけないルールでした(開業はできるが直接アクセスは不可)。現在のドイツも開業施設は一般的ですが、保険での治療には医師の処方箋が原則必要です。日本には開業自体を禁じる条文はないものの、定義の「医師の指示の下に」が理学療法の提供を縛るため、開業しても理学療法を売ることができない——そこで資格の名を使わない自費サロン・整体院という形が生まれています。
Q. 日本で法律を変える動きはあるのですか?
A. あります。2026年5月、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士の3団体が、自民党のリハビリテーション議員連盟の小委員会に理学療法士及び作業療法士法の抜本改正を要望しました。対象を「障害のある者」とする規定の見直しなどが含まれます。開業権そのものの要望ではありませんが、60年前の定義を見直す議論が動き始めたのは事実です。詳しくは開業権の歴史をたどった記事に追記しています。