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開業・独立 シリーズ:セラピスト開業の教科書 #24

海外の理学療法士は、なぜ開業できるのか──アデレードで見た「医師がいないだけ」の風景

2026/8/7

海外の理学療法士は、なぜ開業できるのか──アデレードで見た「医師がいないだけ」の風景

この記事で分かること

読了時間:約 15 分

  • 2017年、アデレードの理学療法クリニックを見学した。膝のリハビリをする男性、診察室、保険の種類で変わる料金。日本の整形外科クリニックと何も変わらず、医師がいないだけだった
  • 「海外は教育が長いから開業できる」は年表で崩れる。米ネブラスカ州1957年・豪州1976年・英国1977年——いずれも博士教育どころか、日本にPT法すらない時代や学士の時代に始まっている
  • 分かれ目は「医師の指示」がどこに書かれているか。豪州は協会の倫理綱領の1行、英国は政府通知、日本は法律の定義そのもの。だから日本だけ、国会でしか変えられない

2017年3月、私はオーストラリアにいました。マリガンコンセプトの国際的な指導者、トビー・ホール氏とキム・ロビンソン氏から直接学ぶ研修ツアーに参加するためです。

カーティン大学のCURTINモニュメント前での研修参加者の集合写真。前列にマリガンコンセプト指導者のトビー・ホール氏とキム・ロビンソン氏、通訳の成田崇矢先生、二列目に亀尾徹先生、前列右端に木村晋一朗
研修の集合写真。前列中央の白ひげの方がトビー・ホール氏、その右が通訳をしてくださった成田崇矢先生(現・桐蔭横浜大学)、その隣がキム・ロビンソン氏。二列目の真ん中あたりに、同じく通訳をしてくださった亀尾徹先生。前列のいちばん右が私です(カーティン大学にて・2017年3月24日)
マリガンコンセプト研修の実技練習の様子。前腕にテーピングが貼られ、椅子の上にコース資料が置かれている
研修の実技練習。前腕のテーピングと、椅子の上のコース資料(2017年3月)

その行程に、研修とは別の予定が2つ入っていました。南オーストラリア大学でのMark Jones氏の講義と、市内のクリニックの見学です。企画してくれたのは、大学院で私を指導してくださった亀尾徹先生でした。亀尾先生はジョーンズ氏と長年の友人で、見学先は、ジョーンズ氏の奥様が理学療法士として働くクリニック。アデレードの海辺の町グレネルグにある、Bayside Physio & Pilatesという場所です。ジョーンズ氏は仮説カテゴリーの提唱者、つまり私の臨床推論の背骨をつくった研究者ですから、私にとってこの2つの予定は、研修の「おまけ」ではありませんでした。

講義の前夜には、ジョーンズ夫妻がご厚意で、私たち一行を自宅に招いてくださいました。大学の講師陣も集まって、バーベキューの夜です。名札を付けて、教科書で名前だけ知っていた研究者たちと同じテーブルを囲む。亀尾先生とジョーンズ氏の長年の友情がなければ、日本の一理学療法士には決して訪れない時間でした。

レンガ壁の自宅の庭で、バーベキューグリルの前に立ちチキンを焼くMark Jones氏
自宅の庭でチキンを焼くジョーンズ氏(2017年3月21日)。仮説カテゴリーの提唱者が、私たちのために肉を焼いてくれた夜
講義後のホワイトボードの前で、Mark Jones氏と笑顔で並ぶ木村晋一朗。ホワイトボードには痛みと免疫についての図が残っている
講義のあとで、Mark Jones氏と(2017年3月22日)。名札の「SHIN」が私です
オーストラリア・グレネルグのBayside Physio & Pilatesの外観。赤レンガの建物にbayside physio & pilatesの看板とPILATESの縦看板が掲げられている
Bayside Physio & Pilates(アデレード・グレネルグ・2017年3月22日撮影)。通り沿いに、理学療法士の看板が普通に出ている

通りに面した赤レンガの建物に、「physio」の看板が出ています。日本には存在しない風景です。日本で「理学療法」を看板に掲げた施設は、医療機関の中にしかありません。

この記事は、その見学で私が見たものの話から始めて、ひとつの通説を検証します。「海外の理学療法士は教育が長いから開業できる」という説明です。先に結論を書くと、この説明は年表で崩れます。

診察室に、医師がいないだけ

中を見せてもらいました。

リハビリ室では、男性が膝のリハビリをしていました。診察室もありました。受付があり、待合の椅子が並び、治療ベッドにはリネンがかかっている。料金の仕組みも見せてもらいました。全額自己負担の人もいれば、加入している保険の種類によって支払う額が変わる人もいる。

Baysideの診察室。リネンのかかった治療ベッドに頸椎用のサポート枕が置かれ、隅の棚にはオイルやスプレーが並ぶ
見学させてもらった診察室(2017年3月22日)。日本の整形外科クリニックの風景から、医師だけを取り除いたような部屋

見学しながら、私の中に残った感想はひとつだけでした。

日本の整形外科クリニックと、
何も変わらない。
医師がいないだけ。

拍子抜けするほど、普通だったのです。特別な最先端の施設を見たのではありません。町の整形外科クリニックの風景から医師だけを取り除いたものが、そこで普通に営業していて、患者さんが普通に通っている。膝の男性は、医師の診察を経由せずにここへ来て、理学療法士の評価を受けて、リハビリをしています。

これが「ダイレクトアクセス」です。患者が医師の紹介を介さずに、理学療法士に直接かかれる仕組み。オーストラリアでは、これが日常でした。

「教育が長いから」──私も、そう書いたことがあります

なぜ海外ではこれができて、日本ではできないのか。

よくある説明は、教育です。アメリカの理学療法士は大学院レベル(現在は博士課程が標準)の教育を受けており、診断や鑑別の訓練を積んでいるから、独立して患者を診る力があると認められている。日本は最短3年の専門学校で資格が取れるから、独立した医療提供者としての準備が不十分と見なされている——という筋書きです。

白状すると、私自身、昔このブログとは別の場所でこの説明をそのまま書いたことがあります。もっともらしく聞こえるからです。教育が浅いから任せてもらえない。深くすれば任せてもらえる。因果として、きれいにつながって見えます。

ただ、この連載で協会の急告や国の報告書を原文で確かめる作業を続けてきて、身についた癖があります。もっともらしい説明ほど、日付を並べて確かめる。今回もそれをやりました。

年表は、その説明を裏切る

ダイレクトアクセスが始まった年を、国ごとに並べます。

米国で最初に医師の紹介なしの受診を認めたのはネブラスカ州で、1957年です。日本に理学療法士及び作業療法士法ができる8年前。米国の理学療法教育が博士課程(DPT)標準へ移行していくのは2000年代以降ですから、その約半世紀前ということになります。博士どころか、修士ですらない時代です。

オーストラリアは1976年。同国の理学療法協会が、倫理綱領の第1条——登録された医師・歯科医師の紹介によらずに業務を行うことは非倫理的である、という自らの規定——を廃止した年です。これによりオーストラリアの理学療法士は医師を介さず患者を診る第一次接触の専門職になりました。当時の養成は学士課程です。

英国は1977年。保健省が、医師と理学療法士などの職種の関係を定め直す通知を出し、翌1978年に職能団体の規則変更が承認されて、医師の紹介なしの治療が可能になりました。英国の理学療法士養成は、現在も3年制の学士課程が標準です。

オランダは2006年。医師の紹介要件を外した初年度に、理学療法にかかった患者の28%が紹介なしで直接来院したという調査があります。養成は4年制の学士課程です。

そして米国は2015年に、程度の差はあれ全50州でダイレクトアクセスが成立しました。

並べると、はっきりします。ダイレクトアクセスを認めた時点で大学院教育を前提にしていた国は、ひとつもありません。「教育が長いから開業できる」のなら、1957年のネブラスカも、1976年のオーストラリアも、説明がつかないのです。

EU諸国の理学療法士団体を対象にした調査でも、ダイレクトアクセス導入の障壁として挙げられたのは教育水準ではなく、医師会と政治家の見解でした。

分かれ目は、どこに書かれていたか

では、何が分かれ目だったのか。年表をもう一度見ると、各国が「変えたもの」の正体に気づきます。

オーストラリアが1976年に変えたのは、法律ではありません。協会の倫理綱領です。「医師の紹介なしで診てはいけない」というルールが自分たちの綱領に書いてあったから、自分たちの総会で消すことができた。

ちなみに、この決定に最も強く反対したのは、医師ではありませんでした。世界の理学療法士たちです。多くの国の団体が「医師の下で働くモデル」を手放すことに不安を示し、2年後の世界理学療法連盟の総会で正式に討議されました。オーストラリア代表団は、否決されたら除名される覚悟で会場に向かったと記録されています。檻の扉を開けようとしたとき、いちばん強く押さえたのは、檻の中の仲間の手だった——この歴史は、いまの日本で開業を口にしたときの空気と、どこか重なって見えます。

英国が1977年に変えたのは、政府の通知と職能団体の規則です。国会での法改正を経ていません。行政と職能団体の判断で変えられる場所に、ルールが書いてあったのです。

米国は州法です。だから州ごとに、60年近くかけてひとつずつ変えていきました。1957年に始まり、全州に行き渡ったのが2015年。時間はかかりましたが、変えられる場所にありました。

日本はどうか。理学療法士及び作業療法士法の第2条に、こう書いてあります。

理学療法士とは、厚生労働大臣の免許を受けて、理学療法士の名称を用いて、医師の指示の下に、理学療法を行なうことを業とする者をいう。

「医師の指示の下に」が、職業の定義そのものに埋め込まれています。倫理綱領でも、行政通知でもなく、法律の、しかも定義条文です。ここを変えるには国会の法改正しかありません。

分かれ目は教育の長さではなく、
「医師の指示」がどこに書かれているかだった。

海外の理学療法士が特別に優秀だったから開業権を勝ち取ったのではなく、日本の理学療法士が特別に未熟だから与えられていないのでもない。1965年に定義へ書き込まれた8文字の置き場所が、60年後の今も、他国との分かれ目であり続けている。私にはそう見えます。

差は入口だけではない──処方箋を書く理学療法士

「開業できるか」は、実は入口の違いにすぎません。開業した先で「何ができるか」も、国によってここまで違います。

英国では、1997年から関節へのステロイド注射・局所麻酔注射が理学療法士の業務範囲に入りました。そして2013年、大学院レベルの処方課程を修了して登録簿に付記された理学療法士は、「独立処方者」として自らの判断で薬を処方できるようになりました。理学療法士への独立処方権の付与は、世界に先駆けた制度です。2015年からはさらに、モルヒネやジアゼパムを含む管理薬物の限定リストも処方可能になっています。「イギリスの理学療法士は痛み止めを処方できる」という話は本当で、しかも一部は医療用麻薬にまで及んでいるのです。

正確に書いておくと、これは英国の理学療法士全員ではありません。臨床経験を積んだうえで追加の処方資格を取った一部の理学療法士です。基礎免許に最初から全部を載せるのではなく、資格の上に資格を積んで職域を広げていく——この構造は覚えておく価値があります。

オーストラリアでは、理学療法士がX線・超音波・MRI・CTといった画像検査を検査機関へ直接依頼できます。公的保険(メディケア)の払い戻しが効くのは頸椎から骨盤までのX線に限られ、それ以外は患者の自費になりますが、「検査を依頼する権限」そのものが職業に備わっている。私が見学したクリニックで膝のリハビリをしていた男性も、必要があればあの場から画像検査に送られる仕組みの中にいたわけです。

日本の理学療法士は、処方はもちろん、画像検査の依頼も、注射もできません。これを「日本のPTは遅れている」と読むのは違うと思います。注目してほしいのは、英国が処方権を実現した方法です。職業の定義を書き換えたのではなく、薬の側の規則を改正して「処方できる職種」のリストに理学療法士を加えた。つまりここでも、変わった国は法律の書き場所が違ったのです。職業の定義に「医師の指示の下に」が埋め込まれている日本では、注射どころか、その手前の議論すら定義の壁に当たります。

入口(ダイレクトアクセス)と、その先の職域(処方・注射・画像)。二段構えで比べると、「開業権がない」という一言で語られてきた日本との差の、本当の大きさが見えてきます。

給料の差──いちばん生々しい数字

最後に、いちばん生々しい数字も置いておきます。

米国労働統計局(BLS)の統計では、2024年5月時点の米国の理学療法士の年収の中央値は101,020ドル。1ドル150円で換算すると約1,500万円です。訪問リハビリ分野に限れば中央値は11万ドルを超えます。一方、日本の理学療法士の平均年収は、国の賃金統計ベースで約444万円。単純に並べれば、3倍以上の開きがあります。

ただし、この数字をそのまま比べてはいけません。為替レートひとつで差は大きく振れますし、米国の物価・保険料・家賃は日本よりはるかに高い。米国の理学療法士は大学院3年の博士課程(DPT)を出る必要があり、重い学費ローンを抱えて働き始めるのが普通で、それ自体が業界問題になっています。そして、そもそも日本は職種を問わず賃金が伸びていない国です。この差の少なくない部分は、理学療法士の問題ではなく日本経済の問題です。

それでも、割り引いた上で残る構造の差があります。日本の理学療法士の給料は、診療報酬という公定価格の枠の中で決まります。1単位20分の値段が全国一律に決まっている世界では、どれだけ腕を磨いても、どれだけ患者さんに感謝されても、その20分の単価は1円も変わりません。米国の理学療法士の収入の背景には、ダイレクトアクセスで患者を直接受け、広い職域で、市場の価格で働けるという構造があります。

給料の差は、能力の差ではありません。この記事で見てきた「入口」と「職域」の差が、最後に金額になって表に出てきたものです。そして日本で保険の外に出て自費開業するという選択は——リスクごと引き受ける代わりに——公定価格の外で自分の仕事の値段を自分で決められる、数少ない方法のひとつです。

教育が無関係だとは言いません

ここでフェアに書いておきます。教育がどうでもいい、という話ではありません。

医師を介さず最初に患者を診るなら、重篤な疾患を見逃さずに医師へ送る判断——この連載で何度も書いてきたRed Flagの検出——が最低条件になります。米国でダイレクトアクセスが全州へ広がる過程と教育の高度化が並走したのは事実ですし、オーストラリアの養成課程は第一次接触を前提に組まれています。教育は、制度を変えたあとの安全を支える条件です。

ただ、順序を間違えてはいけない。各国の年表が示すのは、教育が先に高度化して開業権が後から与えられた、のではないということです。制度が変えられる場所にあった国が先に変え、教育がそれを支えた。日本で「教育をもっと高度化すれば、いつか開業権が」という期待を聞くことがありますが、その期待は、鍵のかかった扉の前で筋トレをするのに似ています。扉の鍵は教育ではなく、法律の定義条文にあるからです。

60年目の宿題

その定義条文をめぐって、実は今、動きがあります。

開業権の歴史をたどった記事の追記に書いたとおり、2026年5月、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士の3団体が、自民党のリハビリテーション議員連盟の小委員会に対して、理学療法士及び作業療法士法の抜本改正を要望しました。対象を「障害のある者」とする規定の見直し、予防・健康増進の明記などが柱です。

開業権の要望ではありません。それでも、1965年の定義条文そのものを見直す議論が、60年目に動き始めた。オーストラリアが倫理綱領の1行を消してから50年、日本はまだ法律の1行と向き合っている——そういう位置に、私たちはいます。

グレネルグの海辺で考えたこと

見学を終えて、グレネルグの海辺を歩きました。3月のアデレードは夏の終わりで、遊歩道の芝生にカモメがいて、観光客が歩いていました。

あの日見たものを、私は「うらやましい風景」として書きたくはありません。オーストラリアの制度はオーストラリアの歴史の産物で、日本に直輸入はできない。保険の仕組みが違えば、財政への効き方も違います(そこは前回の思考実験で書きました)。

ただ、ひとつだけ持ち帰ったものがあります。医師がいないだけで、あとは何も変わらないあの診察室が、制度次第で「普通の風景」になり得ると、この目で見たことです。理学療法士が医師の指示の外で患者を診ることは、天地がひっくり返るような話ではない。隣の国では、50年前から日常だった。

日本でそれが実現するかは、国会と、職能団体と、社会の信頼が決めることです。私にできるのは、保険の外側で、名乗りと中身の距離を正しく保ちながら、目の前の人に結果を出すこと。そして、こうして確かめた事実を、これから開業を考えるセラピストに残しておくことだけです。

いつか日本の通りにも、「physio」の看板が普通に出る日が来るのか。来るとしたら、それは教育年限の話ではなく、1965年に書かれた8文字をどうするかという話です。議論の入口を、間違えないでほしいと思います。

正直な注記

私は法制史の専門家ではありません。この記事の年表は、米国理学療法士協会(APTA)の記録(ネブラスカ州1957年・全50州2015年)、オーストラリア理学療法協会の沿革と理学療法史の資料(1976年の倫理綱領廃止)、英国の政府通知HC(77)33に関する資料、オランダのダイレクトアクセス導入研究(2006年)など、公開されている一次資料・公式記録に基づいています。「世界初」の帰属には注意が必要で、州法として最初に認めたのは米ネブラスカ州(1957年)、職能団体として全国一斉に第一次接触を宣言したのはオーストラリア(1976年)と、数え方で答えが変わります。

Bayside Physio & Pilatesの見学の記述は2017年3月の私自身の体験と写真に基づきます。ジョーンズ氏の奥様がこのクリニックの理学療法士だったことは現地での紹介に基づくもので、クリニックの公開ページでは、Jones姓の理学療法士が約30年勤務し2022年に引退したことが確認できます。また、各国のダイレクトアクセスには実際には州・保険者ごとの条件や制限があり、「完全に自由」ではない場合が多いことも付記しておきます。英国の処方権・注射療法の記述は英国理学療法士協会(CSP)と規制機関(HCPC)の公開資料に、オーストラリアの画像検査依頼の記述は同国の公的保険(メディケア)の適用条件に関する公開情報に基づきますが、いずれも資格要件・適用範囲の細部は変わり得ます。給料の数字は、米国が労働統計局(BLS)の2024年5月時点の中央値、日本が賃金構造基本統計調査(令和6年)に基づく値です。なお日本側の統計区分は理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・視能訓練士の合算であり、中央値と平均値という集計方法の違いもあるため、あくまで規模感の比較として読んでください。この分野に詳しい方の異論・補足を歓迎します。

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よくある質問

Q. 教育を大学院レベルにすれば、日本にも開業権が来ますか?

A. 教育の高度化だけでは来ない、というのがこの記事の結論です。ダイレクトアクセスを先に実現した国々は、学士やそれ以前の教育水準の時代に制度を変えています。教育は、変えたあとの安全を支える条件であって、変えるための鍵ではありませんでした。日本の場合、鍵は理学療法士及び作業療法士法の定義そのもの、つまり国会にあります。

Q. ダイレクトアクセスと開業権は同じものですか?

A. 重なりますが、同じではありません。ダイレクトアクセスは「医師の紹介なしに患者が理学療法士に直接かかれる」仕組みの話で、開業権は「理学療法士の名で施設を開けるか」の話です。海外の多くではこの2つがセットで成立しています。日本では両方が成立しないため、資格の名を使わない自費サロン・整体院という形が生まれています。

Q. 日本で法律を変える動きはあるのですか?

A. あります。2026年5月、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士の3団体が、自民党のリハビリテーション議員連盟の小委員会に理学療法士及び作業療法士法の抜本改正を要望しました。対象を「障害のある者」とする規定の見直しなどが含まれます。開業権そのものの要望ではありませんが、60年前の定義を見直す議論が動き始めたのは事実です。詳しくは開業権の歴史をたどった記事に追記しています。