アデレードで見た、医師がいないだけの風景──オーストラリアの理学療法クリニック見学記
2026/9/19
この記事で分かること
読了時間:約 9 分
- ✓ オーストラリアの理学療法士は、医師の紹介なしに患者を診て、開業もできる。クリニックの風景は日本の整形外科と同じで、医師がいないだけだった
- ✓ 通り沿いに「physio」の看板が普通に出ている。日本には存在しない風景
- ✓ 「海外は教育が長いから開業できる」は通説。年表で確かめると崩れる(続きは別記事)
先に結論を3行で(本文は約6分)
- アデレードの理学療法クリニックは、日本の整形外科と同じ風景でした。医師がいないだけです。
- 膝の男性は、医師の診察を経由せずに来て、理学療法士の評価を受けてリハビリをしていました。これがダイレクトアクセスです。
- 「海外は教育が長いから開業できる」は通説です。分かれ目は「医師の指示」が書かれた場所でした(続きは別記事)。
2017年3月、私はオーストラリアにいました。マリガンコンセプトの国際的な指導者、トビー・ホール氏とキム・ロビンソン氏から直接学ぶ研修ツアーに参加するためです。
その行程に、研修とは別の予定が2つ入っていました。南オーストラリア大学でのMark Jones氏の講義と、市内のクリニックの見学です。企画してくれたのは、大学院で私を指導してくださった亀尾徹先生です。亀尾先生はジョーンズ氏と長年の友人でした。見学先は、ジョーンズ氏の奥様が理学療法士として働くクリニックです。アデレードの海辺の町グレネルグにある、Bayside Physio & Pilatesという場所です。ジョーンズ氏は仮説カテゴリーの提唱者です。つまり私の臨床推論の背骨をつくった研究者です。私にとってこの2つの予定は、研修の「おまけ」ではありませんでした。
講義の前夜には、ジョーンズ夫妻がご厚意で、私たち一行を自宅に招いてくださいました。大学の講師陣も集まって、バーベキューの夜です。名札を付けて、教科書で名前だけ知っていた研究者たちと同じテーブルを囲みました。亀尾先生とジョーンズ氏の長年の友情がなければ、日本の一理学療法士には訪れない時間でした。
通りに面した赤レンガの建物に、「physio」の看板が出ています。日本には存在しない風景です。日本で「理学療法」を看板に掲げた施設は、医療機関の中にしかありません。
この記事は、その見学で私が見たものの記録です。見たあとに調べた「なぜ海外は開業できて、日本はできないのか」は、別の記事にまとめました。ここでは、風景だけを残します。
診察室に、医師がいないだけ
中を見せてもらいました。
リハビリ室では、男性が膝のリハビリをしていました。診察室もありました。受付があり、待合の椅子が並び、治療ベッドにはリネンがかかっている。料金の仕組みも見せてもらいました。全額自己負担の人もいれば、加入している保険の種類によって支払う額が変わる人もいる。
見学しながら、私の中に残った感想はひとつだけでした。
日本の整形外科クリニックと、
何も変わらない。
医師がいないだけ。
拍子抜けするほど、普通でした。特別な最先端の施設を見たのではありません。町の整形外科クリニックの風景から、医師だけを取り除いたもの。それが普通に営業していて、患者さんが普通に通っている。膝の男性は、医師の診察を経由せずにここへ来て、理学療法士の評価を受けて、リハビリをしています。
これが「ダイレクトアクセス」です。患者が医師の紹介を介さずに、理学療法士に直接かかれる仕組み。オーストラリアでは、これが日常でした。
「教育が長いから」──私も、そう書いたことがあります
なぜ海外ではこれができて、日本ではできないのか。
よくある説明は、教育です。アメリカの理学療法士は大学院レベルの教育を受けているから独立して患者を診られる。日本は最短3年の専門学校で資格が取れるから、準備が不十分と見なされている。この筋書きです。
白状すると、私自身、昔このブログとは別の場所でこの説明をそのまま書いたことがあります。もっともらしく聞こえるからです。
帰国してから、日付を並べて確かめました。結論だけ書くと、この説明は年表で崩れます。米1957年、豪1976年、英1977年。どの国も、大学院どころか学士以前の教育水準の時代に、医師の紹介なしの受診を認めています。分かれ目は教育の長さではなく、「医師の指示」がどこに書かれているかでした。
年表と3か国の比較は、長くなるので別の記事にしました。 海外の理学療法士は、なぜ開業できるのか──年表と3か国の比較で分かった「分かれ目」
グレネルグの海辺で考えたこと
見学を終えて、グレネルグの海辺を歩きました。3月のアデレードは夏の終わりで、遊歩道の芝生にカモメがいて、観光客が歩いていました。
あの日見たものを、私は「うらやましい風景」として書きたくはありません。オーストラリアの制度はオーストラリアの歴史の産物で、日本に直輸入はできません。保険の仕組みが違えば、財政への効き方も違います。そこは保険の中で開業できたら医療費は減るのかで書きました。
ただ、ひとつだけ持ち帰ったものがあります。医師がいないだけで、あとは何も変わらないあの診察室が、制度次第で「普通の風景」になり得ると、この目で見たことです。理学療法士が医師の指示の外で患者を診ることは、天地がひっくり返るような話ではありません。隣の国では、50年前から日常でした。
日本でそれが実現するかは、国会と、職能団体と、社会の信頼が決めることです。私にできるのは、保険の外側で、名乗りと中身の距離を正しく保ちながら、目の前の人に結果を出すこと。そして、こうして確かめた事実を、これから開業を考えるセラピストに残しておくことだけです。
いつか日本の通りにも、「physio」の看板が普通に出る日が来るのか。来るとしたら、それは教育年限の話ではありません。1965年に書かれた8文字、「医師の指示の下に」をどうするかという話です。議論の入口を、間違えないでほしいと思います。
正直な注記
Bayside Physio & Pilatesの見学の記述は、2017年3月の私自身の体験と写真に基づきます。ジョーンズ氏の奥様がこのクリニックの理学療法士だったことは、現地での紹介に基づきます。クリニックの公開ページでは、Jones姓の理学療法士が約30年勤務し、2022年に引退したことが確認できます。各国のダイレクトアクセスには、実際には州や保険者ごとの条件や制限があります。「完全に自由」ではない場合が多いことも付記しておきます。
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よくある質問
Q. 見学したクリニックは、特別な施設ですか?
A. いいえ。海辺の町にある普通のクリニックです。受付があり、待合の椅子が並び、治療ベッドにリネンがかかっている。町の整形外科クリニックの風景から医師だけを取り除いたものが、普通に営業していました。特別な最先端施設を見たのではない、というのがこの記事の要点です。
Q. ダイレクトアクセスとは何ですか?
A. 患者が医師の紹介を介さずに、理学療法士に直接かかれる仕組みです。オーストラリアでは1976年から日常です。日本では理学療法士及び作業療法士法の定義に「医師の指示の下に」と書かれているため、できません。
Q. なぜ海外はできて、日本はできないのですか?
A. 教育の長さではありません。米1957年・豪1976年・英1977年、いずれも学士以前の教育水準の時代に実現しています。分かれ目は「医師の指示」が書かれた場所です。詳しくは別記事「海外の理学療法士は、なぜ開業できるのか」にまとめました。