Physio Kimura Academy
臨床推論の組み立て方 シリーズ:臨床推論の判断ポイント #3

大学院で受け取ったメッセージ——仮説カテゴリーを埋める、その妥当性を検討する

2026/8/1

大学院で受け取ったメッセージ——仮説カテゴリーを埋める、その妥当性を検討する

この記事で分かること

読了時間:約 5 分

  • 私は「病態」の棚ばかり埋めて、「機能障害」の棚が空いているタイプだった
  • 大学院のメッセージは2つ。仮説カテゴリーを埋めること、その妥当性を検討すること
  • 埋めていない棚は、見えていない棚。まず自分のカルテの空白に気づくことから

告白から始めます。私は病理ばかり見ていました

若手の頃の私は、患者さんの前に座ると、頭の中が病名と組織で埋まるタイプでした。画像は何を写しているか。どの組織が痛みを出しているか。変性はどの程度か。

病理を考えること自体は、間違いではありません。問題は、頭の中がそれ「だけ」だったことです。その人がどう立ち、どう歩き、どう身体を使っているか——機能障害の仮説が、私のカルテにはほとんど書かれていませんでした。そして長いあいだ、書かれていないことに気づいてもいませんでした。

当時の私に似たセラピストは、たぶん今も少なくないと思います。逆に、機能ばかり見て危険な病態を見落としかける人もいる。偏り方は人それぞれですが、偏りに気づいていないという点は共通しています。

「施術者によって言うことが違う」が、許せなかった

私が29歳で職場を辞めて大学院に進んだ理由は、ひとつでした。同じ患者さんに対して、施術者によって言うことが違う。あの曖昧さを、根拠から突き詰めたかったからです。

そこで受け取ったメッセージは、突き詰めればたった2つでした。

仮説カテゴリーを埋めること。そして、その仮説カテゴリーの妥当性を検討すること。

仮説カテゴリーとは——推論の「棚」

仮説カテゴリーは、臨床推論の研究者マーク・ジョーンズが提示した枠組みです(Jones, 1992/Jones & Rivett, 2004。私はジョーンズの来日セミナーと、大学院の恩師・亀尾徹先生を通じてこの枠組みを学びました)。

考え方はシンプルで、患者さんについて仮説を立てるべき「棚」が、あらかじめ決まっているというものです。版によって表現は少し異なりますが、およそ次のような棚です。

  • 病態・組織の仮説(何が痛みを出しているか)
  • 痛みのメカニズムの仮説(侵害受容性か、神経障害性か、痛覚変調性か)
  • 機能障害の仮説(どの動き・どの使い方に問題があるか)
  • 寄与因子の仮説(何がその問題を作り、維持しているか)
  • 注意事項・禁忌の仮説(何をしてはいけないか——Red Flagを含む)
  • 患者さん自身の視点(本人はこの痛みをどう捉え、何を期待しているか)
  • マネジメントの仮説(何を、どの順で、どこまでやるか)
  • 予後の仮説(どのくらいで、どこまで良くなりそうか)

重要なのは、これが「網羅のためのチェックリスト」だということです。棚が決まっているから、空いている棚が見えるようになる。

若手の頃の私をこの棚に当てはめると、一目瞭然でした。病態の棚は、あふれるほど埋まっている。機能障害の棚は、空っぽ。埋めていない棚は、見えていない棚です。カルテに書かれないだけでなく、そもそも頭に浮かんでいませんでした。

空いていた棚が、いまの看板になった

大学院で機能障害の棚を埋める訓練を受けてから、臨床の景色が変わりました。

MRIやレントゲンは、骨や関節の状態を写す検査です。しかし「その人がどう身体を動かしているか」までは映りません。病院で異常なしと言われたのに痛みが続く方の多くは、この「映らない側」——立ち方・歩き方・使い方のクセに手がかりがあります。

いま私のサロンのホームページには、ほぼこのままの文章が書いてあります。そして私のマンツーマン勉強会の名前は「運動機能障害の臨床推論」です。かつて空っぽだった棚が、そのまま看板になりました。自分が一番苦労して開けた引き出しだからこそ、後輩に開け方を教えられるのだと思っています。

埋めるだけでは、半分。妥当性を検討する

メッセージの後半を忘れてはいけません。棚を埋めることと同じ重さで、埋めた仮説の妥当性を検討することが求められました。

仮説は、立てた瞬間はただの候補です。それが使えるものかどうかは、検証して初めて分かります。私の仮説が正しいなら、この検査でこの所見が出るはずだ——出るか。私の仮説と矛盾する所見はないか——意図的に探したか。介入して、予想した変化は起きたか。

これが、私が許せなかった「施術者によって言うことが違う」問題への、大学院の答えでした。言うことが違うこと自体は、仮説の段階では起こります。問題は、その仮説を検証にかけずに言い切ってしまうことです。検証を通せば、妥当でない仮説は淘汰されていく。曖昧さは、断定でなく検証で減らすものだと教わりました。

若手が陥りやすい早期閉鎖——最初の仮説に合う所見だけを集めてしまうクセ——への一番の対抗策も、この「妥当性の検討」を型として持っておくことです。

今日できる一歩:直近のカルテで「空いている棚」を探す

最近みた患者さん1人のカルテを開いて、上の8つの棚と突き合わせてみてください。どの棚には書き込みがあり、どの棚が空白か。

病態は書いてあるのに、機能障害の仮説がない。介入は書いてあるのに、予後の見通しがない。本人の視点が、一行もない——空白の場所は人によって違いますが、必ずどこかが空いているはずです。それがあなたの「見えていない棚」で、伸びしろの正確な位置です。

考え方の偏り(どの推論が頭に浮かびにくいか)は、臨床推論・8つの引き出しチェックで確かめられます。棚(この記事)と引き出し(チェックツール)、両方から自分の癖を眺めると、輪郭がはっきりします。

まとめ

  • 仮説カテゴリー=仮説を立てるべき「棚」のリスト。棚が決まっているから、空白が見える
  • 私は病態の棚だけ埋めて、機能障害の棚が空いていた。空いていた棚が、いまの勉強会の看板になった
  • 埋めるだけでは半分。支持する所見と矛盾する所見の両方で、妥当性を検討する
  • 「施術者によって言うことが違う」への答えは、断定ではなく検証

自分のカルテの空白を、誰かと一緒に確かめたくなったら——

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あなたの実際の症例で、棚をひとつずつ開けていきましょう。

よくある質問

Q. 仮説カテゴリーと「8つの推論ストラテジー」は、何が違うのですか?

A. ストラテジー(診断的・ナラティブ・協働的など)は「どんな考え方をするか」という推論の種類で、仮説カテゴリーは「何について仮説を立てるか」という対象の棚です。乱暴に言えば、ストラテジーは頭の使い方、カテゴリーは考える項目のリスト。両方がそろって初めて、推論の抜けが見えるようになります。当サイトの8つの引き出しチェックはストラテジー側、この記事はカテゴリー側の話です。

Q. 毎回すべての棚を埋める時間がありません

A. 全部の棚を初回で完璧に埋める必要はありません。大事なのは、埋めていない棚を「埋めていない」と自覚していることです。私の失敗は、機能障害の棚を埋めなかったことではなく、その棚が空いていることに何年も気づかなかったことでした。空白に気づいてさえいれば、次の来院で埋められます。

Q. 「妥当性を検討する」とは、具体的に何をするのですか?

A. 立てた仮説を、支持する所見と反する所見の両方で試すことです。実務的には2つで、①その仮説が正しいなら出るはずの所見を確かめる、②その仮説と矛盾する所見を意図的に探す。特に②が大事で、最初の仮説に合う所見だけを集めてしまう早期閉鎖は、経験年数に関係なく起こります。介入後の再評価も妥当性検討の一部です。