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開業・独立 シリーズ:セラピスト開業の教科書 #25

狙われるのは施術ではなく、広告の書き方——理学療法士の整体院をめぐる訴訟を読んで

2026/8/7

狙われるのは施術ではなく、広告の書き方——理学療法士の整体院をめぐる訴訟を読んで

この記事で分かること

読了時間:約 12 分

  • 理学療法士が施術する整体院をめぐる訴訟で、一審は「特定の症状の改善を目的とする施術」を無資格の医業類似行為とする厳しい解釈を示した。控訴審は施術の該当性を否定して従来の最高裁基準に戻し、現在は最高裁で係属中——「今すぐ違法」ではない
  • 両審級が実際に命じたのは、どちらも施術の停止ではなく広告の修正だった。一審はリンクの削除、二審は「整体と医学の両方から根本改善」という表示の禁止。攻撃ルートは刑事ではなく民事、施術ではなく広告
  • 対策は新しいことではなく、この連載で書いてきた「名乗りと中身の距離を縮める」こと。医療と誤認させる表現を削る作業は、集客の損ではなく、事業を守る保険になる

他人事ではない裁判の記録を読みました。

訴えられたのは、理学療法士が施術する整体院(フランチャイズチェーンの加盟店)の経営者です。つまり、形態としては私と同業です。読みながら、自分の店の看板と、自分のサイトの文章を何度も思い浮かべました。

この連載では、開業の言葉について何本も書いてきました。チラシ審査に落ちた話どの法律を見ればいいかという地図。今回はその続きにあたる注意喚起です。先に結論を書きます。

狙われるのは施術ではなく、
広告の書き方。

何が起きたか——時系列だけ正確に

事件の経過を、評価を挟まずに並べます。

訴えたのは、鍼灸マッサージ施術所を営む施術者側です。訴えられた整体院のスタッフは理学療法士の資格を持っていますが、あはき師の免許は持っていません。原告側の主張の骨子は、「この整体院の広告は、理学療法士が医師の指示なく適法に医業類似行為を行っていると一般消費者に誤認させる表示(不正競争防止法2条1項20号の品質等誤認表示)にあたる」というもの。そして求めたのは損害賠償ではなく、その表示の差止めと削除でした。裁判の要求そのものが、施術をやめろではなく「広告を消せ」だったのです。

一審の山形地裁(令和5年(ワ)第61号・2025年3月判決)は、あはき法12条の趣旨についてこう述べました。

あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律12条が無資格者による医業類似行為を禁止する趣旨は、人の生命や健康に危害が生じることを防止するとともに、国民が適時に適切な医療を受ける機会を失うことを防止するところにある。そうすると、特定の疾病又は症状の改善、解消又は緩和することを目的とする施術は、同条が禁止する医業類似行為に該当するというべきである。

「特定の症状の改善を目的とする施術」は、免許がなければ行えない医業類似行為だ——この解釈は、この連載でも紹介してきた昭和35年の最高裁判決(人体に危害を及ぼすおそれのない業務は処罰対象にならない、とする従来の基準)より、はっきり踏み込んだものでした。

ただし、判決が主文で実際に命じた内容は限定的です。特定のウェブページへのリンクとURLを広告に表示することの差止めと、既存投稿からの削除。SNS投稿の症状に関する表示については差止めを認めませんでした。この部分を不服として原告側が控訴し(整体院側は控訴していません)、舞台は高裁に移ります。

控訴審は、施術そのものについては従来の最高裁基準の側に戻しました。この整体院の施術が人の健康に害を及ぼすおそれを認めるに足りる証拠はない、だから12条が禁じる医業類似行為には当たらない、という判断です。ところが同じ判決は、一審が認めなかった差止めをひとつ追加しています。「整体と医学の両方から根本改善」という広告表示の禁止です。

並べると、こうなります。施術は、どちらの審級も止めていません。命じられたのはどちらも、広告の修正だけ。一審はリンクの削除、二審は「医学」と結びつけた効果表示の禁止。この事件の現時点までの帰結そのものが、この記事のタイトルの証明になっています。そして原告側が上告し、この記事を書いている時点で、事件は最高裁第一小法廷に係属中です。

だから、正確に言えばこうなります。「理学療法士の自費整体が違法と確定した」わけではありません。施術については、現在の生きている判断は従来どおりのセーフ側です。なお、最高裁に持ち込まれた事件の大半は、口頭弁論が開かれないまま決定で終わります。さらに昭和35年判決を変えるには、15人全員の大法廷による判例変更という高いハードルがあります。一方で、一審と二審で法解釈が割れた事件であることも事実です。行方は誰にも断定できません。だからこの記事は「危ないぞ」と煽るためのものではなく、この裁判が見せてくれた攻撃ルートの型を、確定判断が出る前に学んでおくためのものです。

崩れた入口は、施術ではなく広告だった

私がこの裁判の記録でいちばん重要だと思ったのは、争いの入口です。

原告が使ったのは、刑法でも医師法でもなく、不正競争防止法でした。「品質等誤認表示」——実際の内容と違う、または誤認させる表示で営業することを禁じる、事業者同士のルールです。

この連載の法律の地図の記事で、開業セラピストが見るべき法律として景表法・薬機法・医療広告ガイドライン・あはき法を挙げました。今回、その地図に4つ目の道が書き加わったことになります。しかも、この道には他と違う特徴があります。

景表法や医療広告ガイドラインの執行主体は行政です。動くかどうかは行政次第で、実際には注意・指導で終わることも多い。ところが不正競争防止法の品質誤認は、同業の事業者が民事で直接訴えられるルートです。行政が動かなくても、あなたの広告に不満を持つ同業者——たとえば、国家資格を持って真面目に営業しているあはき師——が、原告になれる。

つまりこういうことです。施術室の中で何をしているかは、外からは見えません。外から見えるのは、看板とサイトとチラシだけ。だから争いは、見える場所で起きる。訴状に証拠として貼られるのは、あなたの施術ではなく、あなたの広告です。

もう一段、深掘りします。一審の判決文をもう一度見てください。「特定の疾病又は症状の改善、解消又は緩和することを目的とする施術」。分かれ目に置かれたのは、施術の中身ではなく「目的」です。では、施術の目的を外の世界に語っているのは誰か——看板と広告です。施術室の手技が同じでも、「腰痛改善」と掲げれば「症状の改善を目的とする施術」であることの証拠になり、「体のコンディショニング」と掲げれば目的の証拠が変わる。つまり、仮に一審の厳しい解釈が将来採用されたとしても、違法かどうかの入口を握るのはやはり広告の書き方なのです。この構造は、最高裁がどちらに転んでも変わりません。

危なかったのは、どんな見せ方か

では、この事件で問題にされた見せ方はどんなものだったか。争われたのは要するに、「理学療法士が医学的な施術を行う」と正面から打ち出すタイプの広告です。

資格名を大きく掲げ、症状の改善を約束し、医療機関で行われる施術と同等のものが受けられるかのような印象を作る。受け手から見れば「病院のリハビリと同じものが、病院の外で受けられる」ように読める。この「医療に見える」ことこそが集客上の強みであり、そして法的には急所でした。

見覚えのある構図だと思います。危ない集客文言の記事で書いた9つの型——「病院で治らなかった症状が改善」「国家資格者による医学的施術」——は、まさにこの見せ方の部品です。あの記事では景表法と医療広告ガイドラインの視点から危ないと書きましたが、今回の裁判は、同じ表現が不正競争防止法でも争われうることを示しました。ひとつの表現に、複数の法律から矢が飛んでくる構造です。

そしてもうひとつ。自称リハの記事で、問題は自費であることではなく「名乗りと中身の距離」だと書きました。医師会系シンクタンクの報告書が指摘したのも、利用者が「医療的リハビリが受けられる」と誤認する構造でした。行政文書が指摘した問題と、民事訴訟で争われた問題は、同じ場所にあります。誤認です。

危ない表現の正体を、ひとつの式にしておきます。症状名(腰痛)×改善の約束(治る・根本改善)×医療の権威(理学療法士が・医学的に)。この3つの掛け算が揃った表現は、一審の解釈では「症状の改善を目的とする施術」の証拠になり、不正競争防止法では誤認表示になり、景表法では裏付けのない効果表示になる——3方向から同時に矢が飛びます。高裁が差し止めた「整体と医学の両方から根本改善」は、この掛け算の完成形でした。逆に言えば、3要素のうち2つを外せば、症状名は「お客様の悩みの呼び名」に戻ります。

私が自分のサイトで直してきたこと

他人の広告の話をする資格が私にあるとすれば、それは私自身が、自分のサイトの表現を疑って、直してきたからです。実例を挙げます。

まず、「根本改善」という言葉をやめました。長く使っていた言葉です。でも、改善を約束する断定は効果保証の型に入る。いまは「再発しにくい体へ」という、状態の方向性を示す表現に置き換えています。

この原稿を仕上げている途中で、控訴審判決の主文を読み直して、手が止まりました。高裁が広告への表示を禁じた文言は「整体と医学の両方から根本改善」。私が何年も使い、つい先日サイトから消したばかりの言葉が、そこに入っていたからです。正確に言えば、禁じられたのは「根本改善」という言葉単体ではなく、医学と結びつけた形の表示です。それでも、自分の消した言葉を裁判所の差止め主文の中に見つけたときの感覚は、この記事を書く動機として十分すぎるものでした。

次に、「診断」という言葉をツールの名前から外しました。「タイプ診断」は「タイプチェック」に、「無料診断」は「無料セルフチェック」に。診断は医師の言葉だからです。同じ理由で、施術の説明から「治療」も使っていません。

そして、資格の見せ方です。私は理学療法士であることをサイトに書いています。それは事実だからです。でも、「理学療法士による医学的施術」という打ち出し方はしません。書いてあるのは「理学療法士としての経験を持つ施術者が、医療ではないコンディショニングを提供している」という距離感です。この距離が、広告の上でいちばん大事な1行だと、今回の裁判記録を読んで確信しました。

正直に言えば、これらの修正は集客の観点では地味です。「根本改善」と書いたほうが、たぶんクリックは増えます。でも、派手な1行で得る客と、その1行が訴状に貼られるリスクを天秤にかけたら、答えは決まっています。広告表現を削る作業は、集客の損ではなく、事業の保険です。

セミナーや発信をする人は、もう一段の注意を

この事件には、開業者本人以外にも影響があります。

理学療法士向けの大手情報サイトが、開業や整体を業とする講師のセミナー掲載を原則断る方針を掲げていることは、問題視の記事で紹介しました。当時の私はこれを「業界の空気」の話として読みましたが、今回の裁判を踏まえると、媒体側の合理的なリスク管理としても読めます。広告を載せた媒体が、内容に問題があったときに責任を問われうる——そういう判例(新聞広告をめぐる最高裁判決)が現にあるからです。

つまり、開業系の発信をする側は、「自分の広告」だけでなく「自分が載る場所の規約」まで含めてリスクを見る必要があります。私自身、あるサイトへの掲載を準備まで進めてから規約に気づいて取りやめた経験があります。掲載を断られること自体は損失ではありません。規約を読まずに載って、あとから消される・アカウントを失うことのほうが、はるかに高くつきます。

旗と戦場——この争いの構造を読む

ここからは判決文を離れて、私の読みです。誰かの内心は誰にも分かりませんから、断定はしません。ただ、構造から見えるものはあります。

この争いでは、関係者の全員が「利用者の安全」「適切な医療を受ける機会」という旗を掲げています。旗は本物でしょう。でも、旗だけでは説明がつかないことが2つあります。

ひとつは、選ばれた武器です。利用者の安全が争いの中心なら、行政への通報や刑事の告発が素直な道です。実際にこの裁判で使われたのは不正競争防止法——事業者が商売上の利益を守るための法律でした。武器の選択は、何を守ろうとしている争いなのかを、旗よりも正直に語ります。国家資格の取得に年月と費用をかけた側から見れば、免許のない隣人が強い看板で同じお客さんを集める状況は、座視できない。それは理解できる感情ですし、責める話でもありません。ただ、この裁判の底にあるのは安全の議論だけではなく、伸び続ける「体の不調」の市場を誰が取るかという、事業者同士の競争でもある——そう読むのが自然だと思います。

同じことは、訴えられた側についても言えます。医療に見える広告を打つ事業者を、私は擁護しませんが、軽蔑もしません。整体は届出なしで開業できるため市場は飽和し、理学療法士は毎年約1万人生まれ、病院のポストには限りがある。飽和した市場に押し出された人が、広告費の代わりに使える一番強い言葉が「国家資格」と「医学」だった——それが実態に近いと思います。つまりこの戦場では、訴える側も訴えられる側も、同じ構造に追い詰められている。だからこそ、個人の倫理を責めて終わりにせず、言葉の型を整えることが、飽和市場で生き残る実務になるのです。

もうひとつは、控訴審の判断の重さです。一審の解釈をそのまま採用すれば、あはき免許を持たない整体・カイロ・リラクゼーションで働く大勢の人が、一夜で違法側に落ちます。それほど大きな線引きの変更を裁判所が正面からやるのか、それとも従来の最高裁基準を保って、変えるなら立法に委ねるのか。控訴審が後者を選んだように見えることは、この問題の大きさそのものを物語っています。

そして、この構造から導かれる私の結論はこうです。線引きの法律が1960年代のまま止まっているかぎり、市場をめぐる争いは、これからも「広告に何と書いたか」という戦場で起き続けます。全員が旗を掲げて戦う戦場で、いちばん攻撃されにくいのは、旗と実態が一致している事業者です。医療ではないと明示し、効果を断定せず、名乗りと中身の距離がない広告——それは、訴える側が掲げる「誤認の防止」を、先に自分で実行してしまっていることを意味するからです。

まとめ——確定を待たずに、型だけ整えておく

整理します。

第一に、理学療法士の自費整体を違法とする確定判断は、現時点でありません。一審の厳しい解釈は控訴審で覆り、最高裁の判断待ちです。いま慌てて店を畳む話でも、開業を諦める話でもありません。

第二に、それでもこの裁判は、攻撃がどこから来るかをはっきり見せました。刑事ではなく民事。行政ではなく同業者。施術ではなく広告。この型は、最高裁がどう判断しようと変わりません。

第三に、対策はこの連載で書いてきたことと同じです。効果を断定しない。医療の言葉を使わない。資格の名乗りと提供内容の説明を正確に保つ。特別な新しい防御ではなく、誠実な広告をちゃんとやる、それだけです。

最高裁の判断が出たら、この記事に追記します。結果がどちらであっても、確定判断が出る前に型を整えていた人と、出てから慌てる人の差は大きい。この記事が、前者を増やす一助になれば幸いです。

正直な注記

私は法律家ではありません。この記事は、公開されている裁判例の記録・判決文の引用・報道と解説記事に基づく、開業当事者としての読解です。なお、私がこの事件を知った経路には原告側を支援する立場の発信が含まれます(上告理由書等を販売し、その代金を原告に送金すると明言されている方の解説です)。立場のある発信は立場を踏まえて読む必要があるため、この記事の記述は、判決文からの引用と、両審級の結論・係属状況という公的に確認できる経過だけを土台にしています。事件は係属中であり、当事者のどちらかを評価する意図はないため、事業者名は記載していません(事件は山形地裁令和5年(ワ)第61号として特定できます)。一審判決の引用は公開情報からの転記です。判決の解釈に誤りがあれば訂正しますので、法律実務に詳しい方の指摘を歓迎します。また、本文中の「私が直した表現」は私の事業判断であり、それをしなければ直ちに違法という意味ではありません。「旗と戦場」の節は構造から見える力学についての私の推測であり、特定の当事者の動機や内心を断定するものではありません。

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よくある質問

Q. 判決が確定したら、理学療法士の自費整体は違法になるのですか?

A. まだ分かりません。一審は厳しい解釈を示しましたが、控訴審は従来の最高裁基準(昭和35年判決)を維持して該当性を否定し、現在は最高裁に係属中です。確定判断が出れば、この記事も、私の事業も、業界全体も見直しが必要になります。逆に言えば、現時点で「違法になった」という情報が流れてきたら、それは不正確です。

Q. 広告で具体的に何を直せばいいですか?

A. 私が自分のサイトでやったのは3つです。①「治る」「根本改善」など医療的な効果の断定をやめる(景表法・薬機法の線)②「診断」「治療」など医療にしか使えない言葉を施術の説明から外す ③理学療法士の資格に「医療を提供している」と誤認させる形で頼らない(資格の保有事実を書くことと、医療の提供を匂わせることは別です)。詳しくは危ない集客文言の記事とあわせて読んでください。

Q. 「腰痛」など症状名を書くこと自体がダメなのですか?

A. いいえ。「腰痛」は日常語で、お客様の悩みとして書くこと自体は問題になりません。危険なのは掛け算です。症状名×改善の約束(治る・根本改善)×医療の権威(理学療法士が・医学的に)——この3つが揃うと、複数の法律から同時に問題視されうる表現になります。高裁が差し止めた「整体と医学の両方から根本改善」はこの掛け算の完成形でした。症状名を残しつつ、断定と医療の匂わせを外す。それが実務の線引きです。

Q. 理学療法士と名乗ること自体がリスクなのですか?

A. 資格を持っている事実を書くこと自体は虚偽ではありません。問題になるのは、その資格名を使って「医療機関と同等の医学的施術が受けられる」と受け手に誤認させる見せ方です。名乗りが事実で、提供内容の説明が正確で、医療でないことが明示されていれば、距離は保てます。この連載で繰り返してきた「名乗りと中身の距離」の話が、そのまま法的リスクの話でもあった、ということです。