もし整体にルールを作るなら——ルールなき業界の当事者が考える6か条
2026/8/8
この記事で分かること
読了時間:約 8 分
- ✓ 整体は届出も免許も不要で開業できる。参入自由の代償は、危険な手技と危険な広告が同じ市場に混ざること。国民生活センターには手技施術による危害情報が約8年間で1,400件超寄せられている
- ✓ ルールの目的は参入規制ではなく「危害の防止・医療機会の確保・誤認の防止」の3つ。奇しくも、前回読んだ訴訟で争われた論点そのものである
- ✓ 6か条=届出制・禁忌のネガティブリスト・広告ルールと非医療表示・事故報告と保険・受診勧奨義務・任意登録資格。すべてに国内外の実在する先行例がある
- ✓ 6か条のうち5つは、制度を待たずに今日から自分に課せる。ルールがないから何でもやっていいのではない——ルールが来る前に、自分に課す
前回の記事で、理学療法士の整体院をめぐる訴訟を読みました。狙われるのは施術ではなく、広告の書き方——それが前回の結論です。
今回はその続き、建設編です。
整体は、届出も免許も要らずに開業できます。私はその「ルールがない場所」で5年商売をしてきた当事者です。そして最近、強く思うようになりました。医療にはルールがある。柔道整復にも、鍼灸マッサージにもルールがある。ルールのない整体だけが目立つ動きをすれば、他の団体が規制を求めるのは当然だ、と。
ルールがないから何でもやっていい、ではない。では、もしルールを作るなら、どんなルールが筋がいいのか。規制される側の人間が、真面目に設計してみます。
前提:何のためのルールか
最初に、目的を絞ります。
参入を絞るためのルール(業務独占化)は、選択肢から外します。あはき免許のない整体・リラクゼーションの現場で働く人は全国に大勢いて、その職を一夜で奪う立法は現実に通りませんし、職業選択の自由という憲法の壁もあります。
残る目的は3つです。
- 危害の防止——危険な手技から利用者を守る
- 医療機会の確保——医療に行くべき人を、施術で引き留めない
- 誤認の防止——医療だと誤解させて集客しない
見覚えのある並びだと思います。前回読んだ訴訟で争われた論点——昭和35年最高裁の「危害のおそれ」基準、一審が示した「適切な医療を受ける機会」、そして不正競争防止法の「誤認表示」——とぴったり重なります。裁判で争われたものは、そのままルールの設計図でもあるのです。
6か条
① 届出制——誰がどこで営業しているかを見えるようにする
免許ではなく、届出です。開業したら名前と場所を届け出る。それだけ。
参入は妨げません。審査もありません。でも、事故が起きたときに追跡でき、統計が取れ、行政が注意喚起を届けられるようになる。実は前例があります。昭和35年の最高裁判決当時、既存の施術業者には届出制が使われていました(あはき法12条の2)。60年前にできたことが、今できない理由はありません。
② 禁忌と禁止手技のネガティブリスト——「するな」だけを明文化する
「何をしてもいい」の裏返しは、「これだけはするな」の明文化です。
これも、素材は30年以上前からあります。厚生労働省は1991年の通知で、カイロプラクティック療法について、腫瘍性・出血性・感染性疾患や骨粗しょう症など施術の対象にすべきでない禁忌を列挙し、こう明記しています——頚椎に対する急激な回転伸展操作を加えるスラスト法は、患者の身体に損傷を加える危険が大きいため、禁止する必要がある。
国は30年以上前に「危ない手技」を名指ししている。でも通知には強制力がなく、その手技は今も市場で行われています。フランスはこれを法制化しました。オステオパシーの行為と条件を定めた2007年の政令で、頸椎への手技には医師による禁忌なしの証明を求める枠まで作っています。「するなリスト」の法制化は、空想ではなく既にある技術です。
③ 広告ルールと「医療ではない」表示義務——前回の結論の明文化
前回の記事で書いた、危ない表現の掛け算——症状名×改善の約束×医療の権威。これを禁止の型として明文化し、あわせて店頭とウェブに「当店は医療機関ではありません」の表示を義務づける。
これは私自身、義務化される前に自分の店でやりました。サイトのフッターに非医療の明示を入れ、効果を断定する言葉を削りました。やってみて分かったのは、失うものがほとんどないことです。誠実な事業者にとってこの表示は防具であって、足かせではありません。
④ 重大事故の報告義務と賠償責任保険の加入義務——備えを標準装備にする
国民生活センターには、整体やカイロプラクティックなど法的資格制度のない手技施術による危害情報が、約8年間で1,400件超寄せられています。神経や脊髄の損傷といった重症例も含まれます。
いま、この数字は「相談した人の分」しか見えていません。報告義務があれば、危険な手技と危険な事業者が統計で見えるようになる。そして賠償責任保険の加入を義務にすれば、万が一のときに利用者が救済され、同時に保険会社という「引き受け審査をする第二の目」が市場に入ります。保険に入れないほど危険な営業は、市場から静かに退場していく仕組みです。
⑤ 受診勧奨の義務——医療に送るべきときに、送る
施術で引き留めてはいけない兆候——見逃してはいけない痛みのサイン——があれば、施術をせず医療機関の受診を勧める。これを義務にします。
3つの目的のうち「医療機会の確保」への正面回答です。私はこれを開業時から運用に組み込んでいますし、初回の説明でもお客様に伝えています。逆説的ですが、「うちで抱え込みません」と言える店ほど、お客様は安心して通ってくれます。
⑥ 任意登録資格——名乗れる印を作る。ただし仕事は奪わない
最後に、資格です。ただし業務独占ではなく、名称独占の任意登録。
研修を受け、保険に入り、倫理規程に署名した人だけが「登録◯◯師」を名乗れる。名乗らなくても営業はできる。でも、利用者は見分けられるようになる。
英国に前例があります。補完療法の任意登録機関CNHCは2008年に政府の支援で設立され、マッサージや指圧を含む18職種の施術者を登録し、その登録簿は議会に対して説明責任を負う独立機関(PSA)の認証を受けています。フランスは一歩進めて、オステオパスの名称そのものを2002年の法律で保護し、国が認定した養成校の卒業を名乗りの条件にしました。任意登録から名称保護まで、段階の違う実例が既に揃っています。
7つ目の論点——言葉の供給網
6か条を書いた上で、もうひとつ足したい視点があります。
危ない広告の言葉は、施術者個人が発明したものではありません。ホームページ制作会社のテンプレート、開業スクールの教材、チラシ業者の「売れる文言」提案、フランチャイズ本部のブランド設計——言葉は供給網が運んでくるのです。「根本改善」と書いた店主の多くは、業界の金型からその言葉を受け取っただけで、危険性を知りません。
でも、景品表示法も不正競争防止法も、知らなかったかどうかを問いません。知らずに使った店主が、確信犯と同じ訴状に載る。これがこの業界の一番の悲劇だと思います。
だからルールを作るなら、網は施術者個人だけでなく、言葉を供給する側——制作業者・教材・本部——にもかけるべきです。実はステマ規制がまさにこの型でした。広告主だけでなく、仕組みを設計した側の責任を問う。前例はここにもあります。
実現するのか——正直な見通し
正直に書きます。この6か条が近いうちに立法される見込みは、低いと思います。
厚生労働省はこの領域の所管を長く避けてきましたし、既存の資格団体には、競合を制度で公認する動機がありません。議員立法を動かすほどの世論もまだない。
現実的な順番は、業界の自主規制が先です。志のある団体が③④⑤を自主基準にして、実績を作り、それが後から法制化の土台になる。ステルスマーケティング規制が業界の自主基準から景品表示法の告示になったのと同じ道筋です。
そしてここからが、この記事の本当の結論です。
ルールがないから何でもやっていいのではない。
ルールが来る前に、自分に課す。
6か条を見返してください。①の届出だけは、届け出る先の制度が存在しないので個人にはどうにもできません。でも残りの5つ——禁忌を守る、誤認させない広告、非医療の明示、保険と記録、受診勧奨——は、制度を待たずに、今日から自分に課せます。
私自身の答え合わせを書いておくと、賠償責任保険と施術前の同意は開業時から、受診勧奨は運用の柱として、広告の言葉と非医療の明示はこの夏、自分のサイトを263箇所直して整えました。自慢ではありません。順番が逆で、恥ずかしい話です——広告の言葉は、訴訟の記録を読んでようやく本気で直した。知らずに使っていた側の人間として、これを書いています。
まとめ
整体は、届出なしで開業できる自由な市場です。その自由の代償として、危険な手技と危険な広告が同じ市場に混ざり、事故の統計は見えず、利用者は見分ける手段を持たず、業界全体の信頼が少しずつ削られていく。
ルールを作るなら、目的は3つ。危害の防止、医療機会の確保、誤認の防止。手段は6か条。すべてに国内外の先行例があり、技術的には何も新しくありません。足りないのは技術ではなく、順番です。誰かが先に、自分に課して見せること。
このサイトで開業について書き続けているのは、そのためです。無届けで開業できてしまう業界だからこそ、知らずに危ない言葉と危ない手技を使う人が生まれ、同業同士で自分たちの首を絞めていく。その連鎖は、規制を待たなくても、知ることで止められます。
正直な注記
私は法律家でも行政の人間でもありません。この記事の制度案は、公開資料に基づく一開業者の思考実験です。厚生労働省1991年通知(医業類似行為に対する取扱いについて・医事第58号)の禁忌と危険手技の記述、国民生活センターの危害情報の集計、英国CNHC・フランスのオステオパシー法制(2002年法・2007年政令)は、それぞれ公開資料に基づきますが、制度の細部は変わり得ます。数字の「約8年間で1,400件超」は国民生活センターの公表資料に基づく概数です。また、6か条は既存のあはき師・柔道整復師の制度を変える提案ではなく、法的資格制度のない領域に最低限の床を張る提案として書いています。
あわせて読んでほしい記事
▶ 「根本改善」と書きかけた5年目の私へ——危ない集客文言9つの型
よくある質問
Q. 規制されたら困る側なのに、なぜ規制の設計を書くのですか?
A. 困らないからです。この6か条は参入を絞る設計ではなく、危害と誤認を減らす設計です。誠実に営業している事業者にとって、危険な手技と誇大広告が市場から減ることは損ではなく、信頼の底上げです。逆に、この程度のルールで営業が成り立たなくなる事業なら、それはルール以前の問題を抱えていると思います。
Q. 民間資格を取れば、整体は安全になりますか?
A. 資格の有無と安全は直結しません。整体の民間資格は発行団体ごとに水準がばらばらで、数日の講習で取れるものもあります。この記事で提案しているのは、資格商法を増やすことではなく、保険加入・禁忌の教育・倫理規程をセットにした登録制度(英国のCNHCのような型)です。利用者が見るべきは資格の名前ではなく、禁忌を説明できるか・保険に入っているか・医療に送るべきときに送る姿勢があるか、です。
Q. 利用者として、いま危ない施術を避けるにはどこを見ればいいですか?
A. 6か条を裏返すと、そのまま見分け方になります。①症状や持病を最初に確認するか(禁忌の意識)②「治る」「医学的」を約束する広告をしていないか③医療機関ではないことを明示しているか④賠償責任保険に入っているか⑤必要なとき医療機関の受診を勧めてくれるか。特に首への急激な操作を安易に行う施術は、国の通知が30年以上前から危険と明記している領域です。