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開業・独立 シリーズ:セラピスト開業の教科書 #31

やめ方が決まるから、本気になれる──撤退基準は「損益分岐点を3ヶ月」

2026/8/19

やめ方が決まるから、本気になれる──撤退基準は「損益分岐点を3ヶ月」

この記事で分かること

読了時間:約 5 分

  • 結論①:撤退基準の型は「損益分岐点を下回る状態が、3ヶ月続いたら撤退」。ただし開業直後の立ち上げ期は別──私も損益分岐点に届いたのは開業半年後だった。立ち上げ期は「助走期間」を先に決め、水面に近づいているかで判定する
  • 結論②:撤退ラインを決めないと、傷が深くなるだけ──減るのはお金だけでなく、迷いに食われる時間と気力
  • 結論③:「先にやめ方を決めると本気になれないのでは」への答えは逆。やめ方が決まるから、期限までは迷わず全力で攻められる

「先にやめ方を決めると、本気になれないんじゃないですか?」

撤退基準の話をすると、必ずこの反論が来ます。背水の陣で臨んでこそ、という感覚も分かります。

でも、5年目の私の答えは逆です。

やめ方が決まるから、本気になれる。

今日はこのシリーズでたぶん一番地味で、一番大事な話をします。成功する方法ではなく、やめ方の決め方です。

正直に言うと、開業時は決めていなかった

先に白状します。サロンを開業した時、私は撤退基準を決めていませんでした。

あったのは、「もしダメだったら、理学療法士として再就職する」という出口と、生活費1年分という備えだけ。「何をもってダメと判定するか」は、決めていなかったのです。

撤退基準という型は、開業してから、経営しながら身につきました。広告をやめるか続けるか。新しい取り組みを続けるか畳むか。小さな判断を何度も迫られるうちに、基準がないまま迷うことが一番高くつくと分かったからです。

だからこの記事は、「私はこうした」ではなく「今の私はこう決めている。あなたは始める前から決められる」という記事です。

型はひとつ──損益分岐点を、3ヶ月

私の撤退基準の型は、これだけです。

損益分岐点を下回る状態が、3ヶ月続いたら撤退する。

分解します。

数字を「損益分岐点」に置くのは、感情が入る余地がないからです。売上が経費を下回っているかどうかは、計算すれば誰でも同じ答えになります。「手応えはある」「もう少しで化ける気がする」──やめられない時に頭に浮かぶ言葉は全部、数字ではありません。判断を自分の感情から取り上げて、数字に渡しておくのです。

期間を「3ヶ月」に置くのは、単月の数字は嘘をつくからです。雨の月もあれば、たまたま新規が続く月もあります。1ヶ月で一喜一憂して方針を変えると、正しい施策を早く捨てすぎる。逆に半年も1年も待つと、傷が深くなりすぎる。3ヶ月は「偶然を均しつつ、傷が浅いうちに決められる」バランスの数字です。

撤退ラインを決めないと、傷が深くなるだけです。そして減っていくのはお金だけではありません。「続けるべきか、やめるべきか」を毎朝考え直す時間と気力──こちらの出血のほうが、実は深刻です。

ただし、立ち上げ期は別──私も半年間、届いていなかった

ここで大事な注記をひとつ。この型を、開業直後にそのまま当ててはいけません。

私自身、開業当初は損益分岐点に届いていませんでした。届いたのは、開業から半年後です。もし開業初月からこの型を機械的に適用していたら、私は3ヶ月ちょうどで撤退していたことになります。ほとんどの開業は、最初の数ヶ月は損益分岐点の下からスタートします。それは失敗ではなく、立ち上げというものの形です。

だから、期間で区切る撤退基準が機能するのは、一度軌道に乗った後の事業と、広告のような個別の施策です。開業そのものの立ち上げ期に先に決めておくべきは、撤退基準ではなく助走期間──どれくらいの期間は損益分岐点の下でも走り続けるか、です。私の場合、生活費1年分という備えが、結果的にこの助走の燃料になっていました。

では立ち上げ期には何の数字を見るか。損益分岐点との距離が、毎月縮まっているかどうかです。売上がまだ小さくても、距離が縮まり続けているなら助走は機能しています。逆に、半年走っても距離が縮まらない・開いていくなら、そこで初めて撤退の議論を始める。「水面下にいること」ではなく「水面に近づいているか」を見るのが、立ち上げ期の判定です。

実際にやめたもの、変えたもの

型だけだと綺麗ごとに聞こえるので、私が実際に「やめた」実例を2つ書きます。どちらもサロン本体ではなく、周辺の取り組みの話です。

1つ目は、ホームページ制作の仕事の入口を張り替えた話です。私は同業の開業者向けにHP制作も手がけていますが、当初は別の業種にも声をかけていました。反応の数字が出ないまま数ヶ月分の営業活動を使ったところで、その入口を凍結し、自分と同じ整体院・開業セラピスト向けに絞り直しました。全部やめるのではなく、効かない入口を畳んで効く入口に張り替える──撤退には、こういう形もあります。

2つ目は、InstagramをやめかけてやめなかったInstagramの話です。サロンのInstagramを週次で更新していた時期、予約台帳を数えたら、Instagram経由の予約は実質ゼロでした。数字の上では完全撤退の場面です。でも私は投稿を月1回のまとめ更新に縮小して、役割を「集客装置」から「営業している証明」に変えました。新規の集客は他のチャネルに任せて、Instagramは「この店はちゃんと動いている」と確認しに来た人のための看板として残す。撤退基準が教えてくれるのは「このままは続けない」であって、次の形は畳む・縮める・変えるの三択から選べます。詳しくはSNSが苦手な整体院オーナーへに書きました。

やめ方が決まるから、本気になれる

冒頭の反論に戻ります。「先にやめ方を決めると、本気になれないのでは?」

実際に基準を決めて経営してみると、逆のことが起きます。

撤退基準がないと、うまくいっていない期間、頭の中で「もう少し頑張れば」と「もうやめるべきかも」が毎日戦います。この内戦が、攻めに使うはずのエネルギーを食い潰すのです。今日の集客を考えるべき時間に、続けるかどうかを考えている。これが一番もったいない。

基準を先に決めるのは、判断を予約しておく行為です。期限が来たら、数字が決めてくれる。だから期限までの間は、迷うことに1グラムも使わず、全力で攻めることだけに使えます。

背水の陣は、勇ましく見えて、実は毎日「退路がない」ことを考え続ける陣形です。退路を断つのではなく、退路を明確にする。やめ方が決まっているから、今日は本気になれる──5年目の実感です。

もうひとつ。撤退基準は、家族への説明としても機能します。「ダメなら再就職する」という出口に、「何をもってダメとするか」の解像度が加わるからです。いつまでも曖昧な挑戦と、引き際の決まった挑戦──家族が安心して見送れるのは、後者です。

まとめ──始める前に、書き残す

  • 型は「損益分岐点を下回る状態が3ヶ月続いたら撤退」。数字と期間で決め、感情に判断させない
  • 撤退は三択──畳む・縮める・変える。基準が教えてくれるのは「このままは続けない」ということだけ
  • 決めた基準は、始める前に書き残す。あとから動かさない。動かしたくなったら、それこそが撤退のサイン
  • 撤退ラインを決めないと、傷が深くなるだけ。失うのはお金と、迷いに食われる時間と気力

開業時の私は、決めていませんでした。あなたは、始める前から決められます。それだけで、私の開業1年目より条件はいい──そう思って、この記事を「辞める前3部作」の続きに置いておきます。

よくある質問

Q. 撤退基準は、どう決めればいいですか?

A. 私の型は「数字×期間」です。数字は損益分岐点(売上が経費を下回っていないか)、期間は3ヶ月。単月の数字は季節や偶然でブレるので、3ヶ月続いたら構造的な問題と判断します。大事なのは、始める前に決めて書き残し、あとから基準を動かさないこと。ただし開業直後の立ち上げ期にはこの型をそのまま当てず、先に「助走期間」を決めてください(本文参照)。

Q. 基準に達したら、必ず全部やめるべきですか?

A. 「全部やめる」だけが撤退ではありません。私の実例でも、うまくいかない入口を凍結して別の入口に張り替えた転換や、集客装置としては見切って別の役割に変えた縮小があります。基準に達した時に決めるのは「このままは続けない」ということで、次の形は畳む・縮める・変えるから選べます。

Q. 損益分岐点はどう計算すればいいですか?

A. シンプルには、月の売上が月の経費(家賃・広告費・消耗品などの事業経費)を下回っていないかです。一人開業なら、ここに自分の生活費をいくら取るかを足して考えます。詳しくは「一人開業のお金のリアル」の記事で、いくら売れたかよりいくら残るかの見方を書いています。